7月 30th, 2008 — 10:59pm
今年のキッズアワー(小学科)「夏のお楽しみ会」は、
場所を新会堂で、7月27日〜28日1泊2日で行ないました。
今年のテーマは、旧約聖書 創世記37章〜50章に記されている、
ヨセフを主人公とする物語(ヨセフ物語)をテーマに
「神に愛されている私たち」〜ヨセフ物語〜と題して行ないました。
午後2時 教会に集合。
まずは、参加者全員で、「コミュニケーションじゃんけん」
一人一人と挨拶をして名前を書いてご挨拶。


そして、今回のテーマ・ヨセフ物語を石狩市花川にある、
CFNJ聖書学院(http://www.cfnj.com)の御協力により、
「ヨセフ物語」の演劇が行なわれました。

本格的な、演劇に子供たちも真剣です。

最後は、全員で歌って踊って大満足[:楽しい:]
約20分の演劇に、子供たちはもっと見たかった様です。
演劇のあと、高学年の子供たちは、ヨセフの時代を「食」で再現。
そろそろ、お腹もペコペコ。夕食をみんなで作りました。
今日の夕食に並びます。

エジプト人の気持ちになって、エジプトの料理を作りました。

低学年は、2日目に向けて何やら作っております。。


そして、完成[:拍手:]
夕食のメニューは、「チキンカレー」と、「サラダ・バラディ」

「サラダ・バラディ」とは、
季節の野菜を使って、ドレッシングをエジプト風に、
オリーブ油を使って調理。
それともう一品、子供たちが作ったエジプト料理。
エジプトのひよこ豆を使った、「ひよこ豆のスープ」

やはり、自分達で作った夕食は美味しいのでしょうか?
お米2升が、なくなりました・・・
お腹もいっぱいになり、次はプロジェクターを使った大画面と、音響で
マックス・ルゲート作 「ほんとうにたいせつなもの」を鑑賞。

映画の後、今日一日の感謝を捧げる夕礼拝。

賛美と、今日一日を通して見て、体験したヨセフ物語のメッセージを受けました。
そして、午後9時就寝。
夏のお楽しみ会の1日目が終了しました。
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7月 22nd, 2008 — 11:52pm
7月20日の日曜日。
教会裏の草刈りと、教会墓地の整備をしました。

会堂建築時、ここは土をおこして整地したのですが、約一年で、
こんなに、草が生えてきました。
エンジン草刈り、3台でいざ出陣。


草の背が高く裏側から教会が見えずらくなっていました。

と、同時に屋上へ上がってビックリ!

排水溝に枯葉が溜まり、湖に・・・

枯葉を取り、屋上もきれいに。
そして、教会裏もきれいに周りからも、はっきりと教会が見えるようになりました。

そして、このあと教会の墓地へ行き、
墓地周辺の草刈りも行いました。
8月3日(日)は、一足先に天国へ招かれた方々を覚えて捧げる礼拝
「召天者記念礼拝」が行なわれますが、準備はこれでOKです。
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7月 19th, 2008 — 3:16am
先日、JAPOさんが7月13日の講壇交換(後志地区にある諸教会間で、礼拝メッセージを他牧師と交換する日。一年に一度行なわれています。)で、
聖十字に来てくださった、山崎道子牧師のメッセージを報告しましたが、
同じ日、小栗昭夫牧師は、余市教会へ行って参りました。

今回は私、管理人も同行させていただき、余市教会の礼拝に出席しました。
私も、久しぶりに余市教会にお邪魔させていただき、懐かしい方や、
初めての方。また、私のことを覚えていてご挨拶してくださる方などなど、
いつもと、違う日曜日を迎えることができました。
礼拝では、小栗昭夫牧師が新会堂建築の歩みを思い起こし、
神様が見せてくれた御業、与えてくださった、沢山の大きな恵みを証しし、
この恵みが、決して他人事ではない、ましてやよその町の話しではない、
自分達の教会に現された恵みなのだということを、改めて神さまに感謝することができました。
その礼拝が始まる少し前。小樽から余市へ向かう車中、
沢山の「さくらんぼ」を見て、さんくらんぼ大好き人間の小栗牧師が一言。
「佐藤錦が食べたいな〜」
たしかに、この時期フルーツの村、余市はさくらんぼだらけ。
帰り道、どこか立ち寄って行こうか考えていたのですが、
なんと[:びっくり:]

礼拝後にさくらんぼが!
しかも、手前に写るは「佐藤錦」
写真奥に写るは、「サミット」(←終わったばかりですがw)
さらに、大変珍しい「あまみず」という品種のさくらんぼ↓。

この「あまみず」は、さくらんぼは同じ品種だけでは果実がつかないので、他の品種を混植し、植栽することで、その混植のためだけに使われるさくらんぼだそうです。
したがって、市場には出回らないさくらんぼ。
甘さは少ないのですが、そのみずみずしさはすごかったです。
神様は、ちゃ〜んと、聞いて下さっていたのですね。
祈りは聞かれる。新会堂への祈りも聖十字に現された、神様の御業です。
それを、私たちは見て、実感することができました。
(佐藤錦は、祈りではありませんでしたが・・・)
御業をこの目で見る。実感する。
神様は次に何を見せてくれるのかな〜
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7月 16th, 2008 — 10:48pm
7月13日は講壇交換日ということで、小樽公園通教会の山崎道子牧師にメッセージをとりついでいただきました。以下はその要旨です。(もし、明らかに内容について間違いがありましたらご連絡を・・笑)

ヨハネによる福音書4:43〜54
「いのちの回復」
主イエスが一番最初の奇跡を行った場所であるガリラヤのカナ。そこに息子が死にかかっているという役人が訪ねてきました。
王の権威を帯びた役人からすれば、主イエスは身分上は大工の息子というだけですから、わざわざ訪ねていくという立場にはなかったはずです。しかし、息子が死にそうだということで苦しむ姿は、どこにでもいる普通の父親の姿と同じでした。身分とか王の権威は死に対して何ら意味を持たなかったのです。彼は主イエスの奇跡を期待してやってきました。この方なら息子を救ってくれるのではないか。
ところが主イエスは役人に「あなたは不思議なわざを見なければ信じない」と答えられました。なんだか冷たいようにも聞こえるのですが、実はここにヨハネによる福音書の大きなメッセージがこめられています。
それは、
「見ずに信じる者は幸い」ということ。
役人は、主イエスの言葉を信じて帰っていきました。すると、そのときに息子が癒されていたことを僕から聞くのです。
クリスチャンにとって、喜びは2種類あります。ひとつはいかにも喜ばしい出来事を経験したときに湧き上がってくる喜び。もうひとつはやがて確かに神様のもとへ導かれるという約束に基づく喜びです。
他の宗教で、死の話題は敬遠されているようですが、キリスト教においては、必ずしもタブーではありません。
内村鑑三は娘を亡くしたときの葬儀で、悲しみはあったにせよなお、「これはルツ子の葬儀ではない。ルツ子は天に嫁入りしたのであり、今日はルツ子の結婚式である。」と語っています。召天者記念礼拝をこの季節になると行っていますが、死は決して別れではなく、将来天での再会があることを思い起こします。
信じる者にもたらされる天国の約束。それが何よりも大きな奇跡と言えるのではないでしょうか。
<JAPO>
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