Archive for 5月 2009


2009年のペンテコステ

5月 25th, 2009 — 10:48pm

来週、5月31日(日)は「ペンテコステ記念礼拝」です。

この、ペンテコステとは?
キリスト教で、有名な行事といえば
みなさんもご存知、イエス・キリストの誕生日として、クリスマス。
それと、イエスさまが十字架から甦られた、イースター。
甦られたあと、イエスさまのお弟子さん達に、聖霊がハトのように、
下った日が、このペンテコステです。
そのことによって、二千年前世界で最初の教会が誕生し、
この日を記念して、世界中の教会でペンテコステをお祝いしております。

聖十字教会でも、ペンテコステを記念して、ペンテコステ礼拝を致します。

そのお祝いを覚えて、こんなものを作成。

2009 ペンテコステ

聖霊がハトのように…のハトを作りました。

たくさん、たくさん、

2009 ペンテコステ

キッズアワーのこども達が、作ってくれました。
色の付いたハトも出現!

もったいないので、このハトで教会をデコレーション!

2009 ペンテコステ

なんか、楽しそうです。
道行く人も、足を止めて見てました。

みなさんも、ペンテコステ礼拝に来てくださいね。

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50周年企画〜オリジナル賛美〜

5月 18th, 2009 — 11:50pm

小樽聖十字教会50周年に向けての準備が着々と進んでおります。

準備委員会では50周年を迎えるにあたり、
聖十字教会オリジナル賛美を作成することなり、
3月より、オリジナル賛美を教会員に募集し5曲が選ばれました。

50周年聖十字オリジナル賛美

選ばれた曲は、

♪神の愛
♪主イエスの愛にふれて
♪見よ主の愛を
♪神に栄光を帰す
♪(タイトル未定)

このほかにも、聖十字教会50年の歩みの中で、最初に生まれた賛美、

♪第一コリント13章の歌

以上、6曲を聖十字教会50周年オリジナル賛美として準備を進めていきます。

今日は、この選ばれた中から一つ。

♪ 神の愛

 神のことばの
 重荷に恐れて
 神に背を向けた

 それでも神は
 わたしを愛してくれた
 神の愛を
 わたしは知った

 苦難の中の
 わたしの叫びに
 神は応えてくださった

 そして、神はわたしを助けてくださる
 神の救いを、わたしは知った

 神のすごさを知り 愛の深さを知り
 神の愛を わたしは知った

この賛美は、旧約聖書のヨナ書から与えられた賛美です。
そして、与えられたのはキッズアワーの小学6年生。
しかも、応募第一号。。

素晴らしい賛美が生まれました。

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新会堂初!

5月 10th, 2009 — 12:16am

5月3日(日)礼拝後、新会堂で初めて婚約式が執り行われました。

婚約式

神さまの前で、結婚の約束。新たな一歩。

とても、良かったです!

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みんなの「マルコによる福音書」その2

5月 6th, 2009 — 1:17am

ずいぶんと時間が経ってしまいましたが、みんマル第2弾です。

1 会堂で汚れた霊を追い出す。

みなさんは、霊の存在を信じますか?といっても、ここでいう霊とは、人間の霊魂ではありません。悪魔の支配下にある悪霊を指しています。イエス様が命令すると、その霊は去って行きました。人々は2つの点で驚いたことでしょう。ひとつは会堂は神様の言葉が教えられる聖なる場所であるはずなのに悪霊がいたという点。もうひとつは、イエス様が権威ある教えで悪霊を追い出された点です。当時の権力者のなかには、霊とか、死からの復活とか、天使の存在を信じないサドカイ派という人々がいましたから、特にその人たちの間で波紋を呼んだことでしょう。

2 中風の人と4人の男

2章に、中風の人が4人の人に運ばれ、イエス様の話している家の屋根からつるされ、病気を治してもらうという話があります。中風とは、脳血管障害によって体が麻痺する病気です。ユダヤの律法学者はこのとき、イエス様が病人に言った言葉を不審に思います。「あなたの罪は赦される。」伝統的ユダヤ民族の考え方からいって、神おひとりにしか、人の罪を赦すことができないというのは正しいですから、彼らにとっては神への冒涜として聞こえたのでしょう。イエス様はそれを見抜いて「中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。」と尋ねます。罪の赦しは、見てすぐにわかるというものではありませんが、中風の人が歩くというのは、目に見える変化が伴わないといけないものです。イエス様は、言葉だけでなく、神の力が働くことを示すため、「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」 と言われたのではないでしょうか。

この後の章でも、時の権力者、律法学者らから、イエス様は神の律法に違反する者とみられ、かつ妬まれます。彼らにとっては、赦しがたい律法違反者でした。しかし、律法を守れない罪人や病人らにとっては悪霊からの解放、罪の赦し、癒しを行う権威ある方でした。

聖書を読むとき、誰の立場でこのイエスという方を見るのかは重要です。

私は、罪人としての立場から見ることにしています。それは、イエスを十字架にかけたのは私の罪のためであると知っているからです。

あなたはどの立場から、彼を見ていますか?また、あなたにとってどういう方ですか?

2 comments » | JAPO

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