私のクリスマスNo1 ~月報記事より~

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小樽聖十字 クリスマス

 

【投稿記事】

 子どもの時のクリスマスといえば、プレゼントを買ってもらえる日。そしてチキンとケーキを食べる日。よくあるイベントとしての日でした。
 その後、子どもが生まれた後も、クリスマスツリーを飾り、ケーキを作ったり、プレゼントを渡してイベントとしてのクリスマスを過ごしました。今は子ども達も成長し、クリスマスは静かに過ごすようになりました。
 私が洗礼を受けた日がクリスマスだったので、今は洗礼を受けたことを思いだし、感謝する日になっています。
今も苦しいことがあったら悩んだり、辛くなったりしますが、全ての困難には必ず意味があると感じることがあります。そんな時は、辛い気持ちになりながらもイエス様に感謝しています。
 私自身は以前とあまり変わってはいないと思いますが、最近よく感じるのは、嬉しいことがあった時は以前より嬉しさだけでなく幸せを感じるようになりました。 【K・N】

 

 

クリスマス

 

 毎年12月になると母に尋ねる。
「家にはサンタは来るのかい?」と。
 もちろん母は、
「来・ま・せ・ん!」と答える。
 50と80を前にしたバカ母娘の会話である。。
 クリスマス=プレゼントをもらう、という習慣はいつからの事なのだろう?子どもの頃はケーキやご馳走を食べ、欲しい玩具を買ってもらうのが当たり前だった。さずがにこの歳になるとプレゼントを貰おうなんて期待もしていない。むしろプレゼントを差し上げなければならないのだ。
 誰に?そりゃ~イエス様にですよ。だって、クリスマスはイエス様のお誕生日なのですから。何を差し上げるかはそれぞれの自由。気の利かない私は、クリスマスだからといって特別なプレゼントをイエス様に用意していない。
 しかし、日々の祈りの中で、どんな状況にあっても感謝の祈りを捧げることを心がけている。とても、とても感謝の言葉もいえないくらい苦しい日、辛い日がある。けど、暫し時が経ち、それらも私にとって必要なものだったと思え、改めて感謝できるようになるのものだ。マイナスもプラスにして下さるイエス様のなせる業だ。
 ところで皆さん、サンタは本当にいると思いますか?私は信じています。「サンタクロースは必ず来ます!」(ある研究者のようですが・・・)
 聖書にも書いてありますよね。「あなたがたは目に見えるものしか信じないのか」と。そうです。目に見えなくても私達はあらゆるプレゼントを365日頂いているのです。それは飛び上がりたいくらい嬉しいことであったり、涙が止まらないくらいの辛さであったり、息も出来ないくらいの苦しみであったり、、、 もうメチャクチャいろいろです。
 でも、どんな思いをしても、ほら、ちゃんと生きているでしょう。それが何も勝るイエス様からのプレゼントなのです。
 イエス様のお誕生日のクリスマス、あなたは何をプレゼントしますか?私はまず神様にイエス様をこの世に送って下さったことに感謝の祈りをお捧げしたいと思います。 さて、それから何を祈ろうかな・・・。
 それは内緒です。 【S・F】

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